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 ○目覚め

  雪国

  肩口がやけに冷えている。
  暖房の効いていない部屋なのでそれも仕方ないけど、それにしても「寒い」。
  3月の青森で、部屋に暖房が無く、コタツだけが唯一の暖房なのだ。
  宿泊料を値切ったからしかたがないけど、さむい部屋をあてがわれ、まったくまいった。


  選手としてはレース直前の体調を維持するためには、せめて凍っていない部屋は必要だと思うのだが、今となってはもうどうしようもない。
  こんな部屋で、もう4回目の朝を迎えたのだが、この寒さにはまったく参ってしまう。
  初めて到着した日は、外も幾分暖かく気温もマイナス5度くらいだったので、寒いと思ってはいたが凍りつくような感じではなかった。


  しかし今朝のこの天気はまったく寒い。
  蒲団の中にいても冷蔵庫のフリーザーの中と変わらないかもしれない。
  首から上の寒さで目が覚めたのである。
  天候に比例して、日に日に寒くなってゆくのが感じ取れるのだ。


  テレビの天気予報よりも詳しい体験予報である。
  それだけ外の天気が崩れて、気温が低下しているからだろう。
  スキー場に出てしまえば、どんな氷点下の温度も我慢できるが、朝の目覚めのこの温度には絶対に慣れることはないと思う。
  起きた瞬間に頭が痛い感じがしているのだ。


  そう、夏の日に、かき氷を急いで食べたときに似ている。
  そんな部屋で寝ていたのだ。
  「ふうっ」と息を吐いてみると真っ白な息がまっすぐに立ち上って、ぼわーっと広がりなら消えていった。


  ちょっと寒い温度なら、30センチくらいで消えてしまうのに、天井からぶら下がっている電気の傘まで届いてしまう。
  白い雲の柱が、立ち上っているようで、見た目にも寒々しい。
  「げっ、げっ、ゆきだ。」
  さらに大きな雪の塊が、真横に飛び去って行く!


  「こんな日にレースなんていやだなあ。たすけてよー」
  外に出ることだっていやになりそうなのに、さらに薄着になって斜面の風を切ってゆく。
  レーシングスーツは保温よりも機能性を追及するので、薄っぺらな生地で作られていて、中に重ね着が出来ないようにぴったりサイズである。


  世界選手権の規定どおりに通気性があるものでなければいけないためだ。
  日本の会場であるが、多くの日本のスキーウエアーメーカーは同じ物を世界に輸出しているし、
  世界一流の選手が着ているものを日本の選手たちもこぞってきているので、まったく同じ素材で、同じデザインのものから早く売れているのです。


  違う県の代表選手でもあるにもかかわらず、同じウエアーでおそろいの物を見つけることが出来るくらいだ。
  「5センチ平方で、1分間に10ccの空気を透過する素材で作られている。」ということが規定されていて、
  通気性のないものは着ることが出来ないし、売っていないのである。


  だから外気温が容赦なく肌に突き刺さってくる感じになるのである。
  そんな温度で、レースをしなければ成らないのだが、皆同じ条件であるといっても寒いのには変わりがないのである。
  ゴール後は本当に芯から体が冷たくなってしまう。


  両足の太ももは筋肉がうずき、痛いほど熱をもっているのに腕や顔は感覚がなくなっているほど冷たくなっているのだ。
  また、中に重ね着なんてすると空気抵抗が増して、勝てるものも勝てなくなるのだ。
  レースが近づけば、寒さなんて言っていられない。


  どんなにマイナスの、バナナで釘が打てる時でも、「えいやー」と気合で脱ぐことが出来るのだが・・・ 今、このときがいやだ。
  出てゆくことが、ためらわれていた。 気持ちばかりでなくすべてがちぢみあがっているのだ、
  他の選手だって心の中で大会が中止になってほしいと祈っているだろう。


  東北地方特有の横殴りの吹雪である。
  3月といっても春まだ遠く、ドカ雪が降る季節でもあるのだ。
  低気圧が日本海にとどまっていると、大陸からのマイナス45度の冷たい寒気が、
  日本海の水蒸気をたっぷり含んで、山にぶつかりそこに一気に雪を落としてゆくのだ。


  ふもとの旅館の窓からわかるくらいだから、山頂付近では相当降っているに違いない。
  山頂付近は標高が3000mに近く、ここからは2000mもの差があるので、約5度位気温が低いし、
  風も防ぐものがないだけにどれほど吹いているのか想像できないのだ。


  ガラス窓の下の曇っているところを、指でこすってみる。
  がりがりに凍り付いて、曇りが取れない。
  結露が凍りながら重なっているので、簡単に取れる様子ではない。


  それだけ冷え込んでいるということである。
  さらにサッシのレール部分には、小さなクリスマスツリーのように3角形になっている雪の吹き込みが見つけられた。
  畳にも雪が飛散って、いたるところに雪の粉を散らかしている。


  「げっ、部屋の中に雪が積もっているよ! 寒いわけだよ。まいったなあ」
  暖房がないばかりか、隙間風とともに雪降る部屋なのである。
  3畳の部屋で、入り口横にコタツを置き、そこに足を突っ込む形で、
  蒲団を敷いて窓に頭を向けて寝ていて、手を伸ばせば凍ったガラスに手が届く状態である。


  「外に出るのはやめようよ。」 口をついて出た言葉は、誰に語りかけるわけでもなく、今の心情を正直に言っていたのだ。
  外のスピーカーからの有線放送で「本日は中止になりました。」
  と聞こえてこないかとかすかな期待が頭の中を巡っていたが、まったく中止のけはいは感じられない。


  逆に、窓の下では様々な音が聞こえ始めていた。
  「今日は何が何でも開催するぞ」、という大会役員の意気込みのようにも伝わってくるようだ。
  延期なんて、そんな悠長なことは言っていられないのだ。


  今まで準備に準備を重ねてきているので、「この天気くらいで、延期にするわけには行かないぞ」と意気込みが、
  「ごつごつ」と物を運び出す音にも意思が感じられていたのだ。
  すでに薄暗いふぶきの外では、大きな声を出して、大会用の機材を運んでいるようで、
  スノーモービルの音がけたたましく何度も過ぎ去っていくのが聞こえていた。


  ここでまた延期になると、本業の旅館の営業やスキー学校の運営にも差し障りがあるため、
  少々の降雪くらいだったら何とか開催して早く運営役員の任を解かれたいと思っているのだ。
  あんまり家の仕事もせずに外の仕事ばかりしていると母ちゃんがいい顔しないし、
  それでなくても毎年の暖冬で収入の減っている旅館業の親父さんばかりである、何とか収入に結び付けられる仕事をせねばならず、
  いつまでも大会役員ばかりやってられないのだ。


  しかしこの雪は、少々の降雪というものではないような気がするのだけれど。・・・
  ここでは私の意志など「くその役にも立たない」のである。
  すべてはスキーというスポーツに魅入られた選手たちの行くすえなのである。
  自分でも最後まで、やりとおして自分に納得できる結果を出したいという欲があるために、こんな寒い宿に投宿しているのだから。

 

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