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 ○朝食

  顔が冷えていて、蒲団から出られない状態が続いていた。
  温もりの暖かさにうつらうつらしている私の耳に、女将さんの怒鳴り声が客室中に響き渡った。
  大きな声で選手やお客に呼びかけているのだ。


  女将さんというには程遠く、着膨れしたフグの立ち泳ぎといえるほど、大きな「おっかあ」だ。
  皮下脂肪を着ているんだからそんなに厚着しなくてもと思うのだけど。
  とにかくたっぷり幅を取る「おっかあ」だ。


  「メシだどー! はぐ 食って出ろ は!」 お客に対して言っているのであって、居候に対して言っているのではない。
  「はぐ いねば 失格に なっどー」 蒲団から出ると本当に寒い、燃料ケチっているとしか思えないほどである。
  蒲団から のそのそ起きだした。


  蒲団の形がそのままかまくらになっていて、食後にまたその中へ迎え入れてくれるような気がした。
  旅館全体が凍り付いているようで、顔で感じた寒さは、うそだった。
  さらに芯まで冷える寒さである。


  とにかく靴下を履き、ジャージの上にフリースを着込み廊下に出ようと引き戸に手をかける。
  指先にもぴりぴりっと冷たさが伝わってくる。
  全身に鳥肌のたつ思いで、身震いしてトイレに向かってゆく。


  トイレでスリッパを履きかえる、この瞬間、靴下を履いていても、凍っているのではないかと思われるような冷たさで、足元からも目が覚めてゆく。
  「うーっぷうー」 湯気を轟々と出しながらおしっこが吸い込まれてゆく。
  下の食堂へ降りてゆくと、「ゴー」という音で石油ストーブの強制送風装置が回りだした。その近くだけは本当にあったかい。


  顔を洗うなんて考えもつかないし、これ以上冷たい思いなんて絶対いやだ。
  手を洗うだけで、精一杯だ。
  洗面所の蛇口をひねってもお湯なんか出てこないし、そんな発想自体、初日に来たときからあきらめていたのだ。


  この4日間、お風呂以外では顔を洗ってない。
  「なっ、ぬくまってねで、はぐ かへ!」 直訳すると(お前たち、いつまでも暖まってないで早く食べてしまいなさい。) {いつまでも片付かないから。}
  津軽弁は地元出身の選手に通訳してもらわなければ解らないし早い口調でなかなか聞き取れない。


  さらに起きぬけの緩んだ頭にはまったく外国語のように聞こえていた。
  簡単な単語なら何とか解るが、会話になると不明な単語が多く、聞きなおさないと、話の返事に困ってしまう。
  用意された朝食は、湯気の出ていないみそ汁、おみおつけではないところに注意をしてもらいたい。
  つまり、具が入っていないのです。


  さっき父ちゃんが出て行く時に温めたもので、私たちの声をかけた頃によそったものだろう、
  今は、その冷まし汁になっていて味噌がおわんの下のほうに沈んでいる。
  上澄みはきれいな透明をしている。
  その下の部分にやっと玉ねぎが2つ3つ見えていた。


  せめてストーブの上において暖めていてくれてもいいだろうに・・・・。
  朝の献立と呼べるものではないが、テーブルの上に並んでいるものは、 「生卵、納豆、のり、御ひつに入ったご飯。
  (がっこ)といわれる漬物」、以上5品。
  あとからハムかベーコンかソーセージでも出てくるのかな?なんて誰も思わない。


  だって母ちゃん、そのままにしてどっかへ出て行っちゃった。
  恰幅がいいのに行動が早い、父ちゃんが出て行ったあとに米の20キロを調理場に運び込んだり、
  奥の風呂場に干した、洗濯物を取りに行ったりで、じっとしていないのだ。


  あんなに動くのだったら、消費カロリーも多く、痩せるんじゃないかとも思うのに、80キロくらいはあるだろう。
  まさに「肝っ玉母ちゃん」である。
  この朝めし、温かいものは、ご飯だけで、卵も納豆も冷え切っていて本当に冷たい。


  納豆をかき混ぜていると、自分の運動で温まってくるので、その効果を狙っているのか。
  とにかく温かいご飯にかけて、体の中から暖まりたい気持ちである。
  しかし冷たい卵や納豆はどんなにかき混ぜて見ても冷たいままで、一瞬にして冷ご飯になってしまうほどだ。
  恐るべし青森。


  そこに泊まっていたのは選手の3名とサポートしてくれる3名、その宿の息子16歳と12歳の娘さんほっぺが真っ赤で、
  日の丸を両側につけたような愛国心豊かな6年生。
  その子がよくしゃべる、 津軽弁がわかる人がいないので、通訳がいない時に外国の子供と話しているようで、
  まったく判らないが、宿泊客すべてに対してよく質問をするので、判らないながらも何人かが相槌を打っているのを聞き耳を立てていると。


  「どさ、な、きたんけ とうぎょうけ」娘
  「ちがう、ちがう。神奈川といって東京の隣の県だよ。」神奈川1
  「けな、選手け」娘
  「えー大回転の選手で、今日レースがあるよ」神奈川2
  「なは、はぐて にっしゃよか、つええか」 「うむー」神奈川1,2 これにはまったく周りで聞いている私たちも判らなかった。
  (あなたは、スピードが速くて、うちの兄ちゃんより強い選手ですか?)という具合であろう。
  定かではないが・・・・ 「きな、ふいでだども、けっは、まあず、しばれっな」娘
  (きのうは{雪が}降っていたけども、今朝はとっても冷え込んでいて寒いな)
  「君は寒くないの?」神奈川1
  「わ、きみでない、わの、なまえは、ゆかだよ」娘 (私は、きみ{という名}ではないの、わたしのなまえは、ゆかといいます)
  「ゆかちゃんてゆんだ」神奈川2
  「にしゃ、なんて名前だ?」娘(お兄さんの名前はなんて名前なんですか?)
  「おれ 石山。」神奈川2
  「おれは安藤、」神奈川1
  「こっちの、にしゃなんて?」 「櫻井といいます。よろしく。お願いします。」 娘に対してではなく、周りの方々に挨拶をしながら会釈していた。


  ここでなんとなく全員が挨拶を交わすことになり、自己紹介も行なわれ、だいたいの人間像が判ってきた。
  サポートで来た人は2人が夫婦で 今野さん45歳で準指を取った無口なタイプの人で、草大会によく出場している学校の先生。
  石山(神奈川2)さんは同僚。
  神奈川県立藤沢高校の体育教員ということだった。
  安藤(神奈川)さんは相模湖ピクニックランドのキャンプ用具や備品の調達、整備の仕事をしているらしい。


  もう一人のお客さんは仙台から来た一般のお客さん。
  一泊でスキーに来たら偶然大会に出くわしたので「応援しますよ。」といっていた。
  背の低いおじさん、岩手出身でもあまりなまっていないので、会話はわかりやすい。
  娘さんの通訳が出来るということがわかった。


  狭い食堂の中で全員のプロフィールが明らかになってきたので、一気に打ち解けた雰囲気になり、天候の話になった。
  今日のレースは相当コースが荒れるだろうし、雪質が変化するので、ワックス配合が難しいだろう。
  と選手の全員は意見が合っていた。


  神奈川の選手の方と私は年齢差があるので、私のほうがスタート順が後になる。
  テレビではちょうど天気予報。
  全員がそれを見ながら箸を動かしていた。


  私は、雪面温度が気になっていたので、早めに外に出ることにしようと、早々に切り上げ、スキー乾燥室に向かっていた。
  乾燥室で、雪面温度にあわせたワックスを塗り直ししなければならない。
  今朝の雪が、ここまで本降りの雪になると思えなかったので、昨夜はスキーの手入れもせずに寝てしまったのだ。

 

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