○青森
この日、昭和53年3月17日 青森県大鰐スキー場は前日からの降雪で、視界が悪く、地吹雪でコースに吹きだまりが出来始めていた。
国民体育大会、青森大会のアルペン競技会場で行なわれる、
大回転競技は今まで滑走時間が1分程度のコースが使われていたものが、コース改修により30秒長く設定された。
1秒で約7メートルから10 メートル滑走する競技のため、300メートル以上の延長になったのである。
1分を超えたあたりの心肺機能が一番苦しい時間である。
タイムの早い選手はターンに過重がかかり、筋肉を酷使することが続く時間帯である。
遠心力で下半身に圧力がかかることで、全身の運動機能をフルに活用し姿勢を制御する事が大変な負担になるのだ。
その反面ゆっくり滑走する年齢の高い選手は 分45秒程度になるため、心肺機能ぎりぎりのところでレースをするようになってしまった。
世界選手権に出るような選手でも 分30秒程度でゴールするため運動機能を酷使するタイムである。
昨日のノンストップトレーニングで同じようなコースを試走したときの苦しさは、今までなかったような疲労感を感じていた。
本番では気合で滑走するので、「もっとつらくなるだろうな」と考えていました。
更にスキー競技には全くやっかいな降雪が苦しさに追い討ちをかけているのである。
年齢の高い選手たちのスタート時間は早く、またその中でもシード選手といわれる強豪達は、
昨年までのポイントと予選大会の成績順で決まっているため、コース整備後の整った斜面で滑走でき、アドバンテージを得ることになる。
しかし滑走順位が後半の選手や、年齢の若い選手の発走時間は最後のほうになっているため、
荒れた斜面で、さらに大きなハンデを負う事になってしまうのである。
例年であれば、雪が硬く締まっていて、50人や100人滑っても掘れることは少なかったのだが、
ここ3年ほどは毎年のように暖冬で、雪の量は多いのだが雪温が高く、締まっていないため、何人かが滑走すると深い溝になってしまう。
更にここは国定公園の中なので、スノーセメントと言って、硫安を使って雪面の温度を下げ、固めること出来ないので、選手にとっての問題は
深刻である。
一度セットしたコースを変更することは出来ず、人海戦術でほれた斜面をならすと言っても限界があり、完全に修復することは出来ないのだ。
前日のスラロームの日も雪こそ降っていたが、小降りで風もなかったためと、コースも違って中緩斜面で行なわれたが、
強豪といわれる選手たちが順当な成績を収めて、昨年の優勝選手がまたここでも優勝し、地区大会でも有名な選手が入賞していた。
しかし大回転になると平均速度も上昇しコースもかなり急な斜面を使っているので、少しの失敗で転倒も多くなり波乱が期待できる。
さらに速度に対する空気抵抗にも気を使わなければならないので、体重差が記録になって現れるためまったく気が抜けない勝負である。
何とか空気抵抗を減らし、タイムロスを少なくし順位を少しでも上げるようにワックスからダウンヒルスーツに至るまで、びしっと用意をしている
選手がいるのだ。
メーカーから出場費用から遠征費用、合宿などの息のかかった選手は、
世界戦に出てゆくことが想定されているためこんな天候でのレースは想定されていないし、
悪天候での成績は来年にかかわる大問題になってしまうのである。
あまりに悪い順位が続いたり、転倒が頻繁になると提供を打ち切られる可能性があるから、みな必死である。
その点、まだ私は気楽である、どこのメーカーからも誘いが無く、自分の気に入ったスキーや、ウエアーを選ぶことが出来るからである。
しかし、いつかは強化選手に選ばれて左胸に日の丸をつけ、メーカー指定のウエアーを着たいと思っているのだ。
私も含め若い選手は、近い将来の目標をしっかり見据えていて、日々の努力を続けていて、虎視眈々と日本代表の席につけることを狙って
いるのである。
更にこの悪天候を味方につけようと、私の心の中では、今まで以上に闘志を燃やして、ひそかに入賞を狙っていたのだ。
自然の中で戦う競技には、必ず訪れる気象条件のハンデなので、それを味方に付けるか敵に回すかで、
大きな違いが訪れることをまだ若い選手時代の私は理解することもできなかった。
「本能的に悪天候は俺のもの」という思い上がりが強くて、視界が悪かったりすると「シメタ」とほくそえむのだ。
でも今日の天候は横から吹く風も出てきているので、どうなるかわからない。
勘に頼る滑走も限界はあるのだ。
記憶のよさと、雪をつかむタイミングの変化で、今までも運を手に入れていたので、ここ一番にかけてみよう。
という緊張がスキーの手入れをする手に力が入ってきていた。
朝食を早々に済まし、テレビの天気予報を聞いて、ワックスの温度を変えようと地下の乾燥室に下りてきていた。
乾燥室はストーブがついていて、この宿で、一番暖かい場所かもしれないと考えていた。
しかしスキーの板にとってはあまり暖かい場所は好ましくないのであるが、今はそんなことは言ってられない。
一番暖かい場所で、スキーの手入れをすることで、精神集中することと、ワックシングすることが出来るのだ。
早速自分の道具箱から、温度計を出して、扉の外に高く積み上げられた雪の壁に差し込んだ。
屋根から外に出ると大粒の雪が視界を遮るようで、隣の看板が見えにくい状態だ。
外に出ると予想以上に雪が降っていて、雪にさした温度計が瞬く間に見えなくなってしまった。
乾燥室に戻って、ワックスを溶かすアイロンをスキーベンチに並べて、コンセントにつなげておく、
リーゼン用のスキーを2本出してきて、今日の雪に合わせる板を選別していた。
硬い雪に合わせた板と軟らかい掘れた雪に合わせた板を持ってきていたのだ。
硬い板は、アイスバーン用で、何人選手が滑走してもカチカチの氷が削られて磨きがかかったときに使う板である。
両サイドのエッジも88度になっていて、エッジの上に紙を置いて擦ると綺麗に二つに切れてしまうほど鋭利な刃物になっている。
このスキーのチューンナップも、何時間もかけて自宅の玄関の広いところで、磨いてきたのだ。
エッジの削りカスはズボンや家のいたるところに飛散ってしまい、掃除をしてもなかなか取り除けず、いつも母に文句を言われていた。
「臭いし、小さい削りカスは落ちているし、外でやりなさいよ。」 「わかったよ」 とわいったものの、外へ出て作業する気にはならなかった。
チューンナップには何時間もかかるし、冬の寒空に手がかじかんでしまう。
微妙な角度を保ったまま、エッジシャープナーというスキー専用に使うやすりを大工の職人のように丁寧に仕上げるために、
じっくりと行なうためには暖かい玄関が丁度よい環境だったのだ。
また更に母を怒らす要因は、ワックスが玄関の踊り場に落ちることだ。
溶けたワックスは、タイルの目地に入ってしまい、マイナスドライバーでほじくり出すしかなく、
そのままにしておくと、汚れがこびりつき取れなくなってしまうので、怒られっぱなしである。
元来、片付けるのがおおざっぱで、やりっ放しなんてのはいつものことなのである。
自慢したことではないが、わが部屋は汚い。
というより散らかっている。
週に 回くらいは、母が掃除機をかけている様なのだが、いたるところにスキー雑誌や漫画、
映画のビデオなどが高く積まれ、座る場所と寝る場所が確保されていて生活が出来るだけの部屋である。
着替えが散らばっていても、記憶の中で、置いてある場所が分類されているのだ。
掃除した後に場所が移動されていると、どこに置いてあるのか判らなくなってしまう。
探し出すためにほじくり出すので、また元どうりに散らかる。
この繰り返しで、ここ何年かは、母に苦労をかけてきていた。
部屋の話ははこの辺にして、今日使うスキーに話題を戻そう。
今日使う板を出して、スキーバイスという器具に固定する。
バイスというのは万力をスキー用に使いやすくしたもので、スキーの 本を両脇から挟み込み、
動かなくして滑走面の手入れや、ワックスを塗るためのものである。
温度計が見えなくなってからすぐにスキーを括りつけた。
その頃アイロンから湯気が出てきた。
ワックス特有のすえた匂いが漂い始めた頃、朝食を終えた二人の選手がスキー乾燥室に入ってきた。
「おっ。やてるな。若い選手はレースが後半だから、今からで間に合うよね。」 といってスキーを扉から外に出し、板を冷やすのだった。
乾燥室から出したスキーをいきなり履くと、まだ芯に暖かさが残りそれが雪を溶かして、結氷の原因になる。
滑走面に氷がつくと、氷の上に雪が固まって着き、これを剥がそうとすると、せっかく塗ったワックスまで、
はがれてしまうため、慎重に扱わなければならない。 まあこのくらいはスキーヤーの常識として扱っていたのだ。
逆にストックは外には出さず、最後にもって出るようにすることで、凍り付いて重量が増える事を防ぐのだ。
いったん外に出て温度計を持ってくるとマイナス7度を示していた。
宿の立っているここから標高差を考えるとマイナス12〜15度の設定を一番最後に塗ることになる。
始めに塗るのが、ゴール付近の温度で、その次に中間地点の緩斜面で考えられる温度。
そして一番最後にスタート地点の温度にあわせたスキーワックスを塗ってゆくのだ。
気を使うところは右足と左足の内側の一番体重がかかる部分のワックスで、約500メートルも滑走するとワックスのほとんどが取れてしまうのだ、
この部分は前半ですでに削れてしまうので、薄く何層にも塗る努力が必要となる。
次に中間の緩斜面でスキーの滑走面が、全部雪面に密着している時に一番ワックスの効果が発揮できるようにしなければならない。
表面積が多く全体に過重がかかっていると滑走面で起こる摩擦による発熱で、小さな水泡が出来る。
それが抵抗となりスキーを密着させようとする作用が働いてしまうので、吸い付いた状態で、抵抗が増してゆくのだ。
なるべくワックスの表面に小さな本当に細かい溝を作ることで、その水泡を溝に押し込み、
抵抗がなくなるようにすることが重要な対策で、これを怠ると、滑走に抵抗が発生し、タイムロスになってしまうのだ。
そんな作業は、何年もほかのスキー場で経験しているので、順番を間違えることなくアイロンにワックスに押し付け、
ぽたぽたと滑走面にたらして、その後からアイロンを使ってでこぼこがないように慣らしてゆく作業である。
何回も平らにならしてゆく作業を行い、最後にスタート地点に、
合わせた冷えた雪のための赤い色のワックスをたらし終えた頃、
神奈川の先生が二人連れ立ってヘルメット片手に下りてきた。
スキーブーツを「ガツガツ」と履きながら、無口な先生が 「お先に行ってきますよ。
あなたもがんばってくださいね。」 といってダウンヒル用のくねくねと曲がったストックを脇に抱えて出て行った。
この曲がったストックもリーゼン用のものである。
クローチングスタイルと言って、卵形に小さくなって、空気抵抗を防ぐような姿勢をとるため、ストックが直線だと、
両側にアンテナのように突き立ってしまうので、体に合わせて曲がったストックを使用するのだ。
回転競技のようにストックを活用する所は少なく、スタートのけり出しに使うのと、後はバランスを保つ大切な補助になっている。
後から、もう一人の石川先生が、 「おう、がんばってな。また後で、」 といって外の扉を開けて宿を後にしていった。
さあ、僕も用意しようと、アイロンを道具箱にしまい、バイスを布袋に包んで錆びないように厳重にした。
何しろ 本7千円以上するものなので、学生にはかなり高価なものだ。
スキーの物だけは自分でしっかり整頓するので、無くした物はないし、綺麗になっているのだ。
ワックス塗りたてのスキーを外に出し、自然冷却する。
着替えの為に部屋に戻った、途中で洗面所により、ワックスでガビガビになっている手を冷たい水で擦っていると。
「にっしゃ、こっちけ。かさま いねっけど、こっちさで、手あらえ」
ほっぺの ゆかちゃんが呼んでくれた、 (お兄さんこっち来なさい。お母さんはいないから、こっちに来て、手を洗ったらどうですか。)
「ぬくい ゆさ でんべ、わ の にしゃ も、ここでけすぞ」 (暖かいお湯が出るから、私のお兄ちゃんも ここで、こするんですよ)
台所の湯沸し器がこれほどありがたかったことか、 「ありがとう」 といってごしごし擦っていると。
「あんれま、みっけたけ、ゆか、にしゃもはぐ けっ、ふぐ雪も ちっこと なてかて。」
(ありゃまあ、そこにいたのか、ゆかちゃん。そこのお兄さんもはやくしなさい。 降っている雪が小ぶりにになってきたぞ。)
「どうもありがとうございました。たすかりました。」 「がんばんな、おうえん すっがらよ」 「はい、どうも」 と言って部屋に帰りジャージを脱ぎ出した。
ダウンヒルスーツの下は本当に薄いインナーウエアーを着ているだけで、ぴたっとフィットするために、余分なものは着られないのだ。
荷物は、ヘルメット、ゴーグル予備、アウターと言われる暖かいロングコート(これはゴール後に着るもの。)ワックス剥がしのプレート2枚。
予備のワックスセット、これらをザックに詰め込んで、乾燥室に下りてゆく。
ブーツを履く手に力が入る。
ジンクスを守っているわけではないが、必ず左足から履いてその日の調子を観るのが癖になっているのだ。
今日は調子よくすっきりはくことが出来た。
ダウンヒル用のストックと移動用の板とレース用の板を担いで出た。