○インスペクション
青森国体2日目、アルペン競技の男子大回転、青年男子 1部の一本勝負である。
泣いても笑ってもこれ一本に賭けねばならない。
国体は参加人数が多いので、各種目一回のレースになっている。
先ず国体のスタートにたどり着くまでに各地の県予選をくぐりぬけなければならない。
予選で、年齢別に3位までに入賞すると、ブロック大会のシード権を得ることになる。
さらにブロック単位に分けた大会・関東・甲信越・東北・北海道・中部・関西・四国・九州で、各年齢の4人までが国体出場の権利が発生する。
県大会で優勝してもブロック大会で、転倒してしまうと出場できなくなってしまうのだ。
また各大会はポイント性になっていて、大会毎に難しさや参加人数でポイントを設定し、
優勝した選手から順にポイント作るため、そのポイントの順位を国体の参考順位としてスターと順にするのだ。
全国から予選をくぐりぬけ、集まった選手たちであるし、特に青年の 1部は本格的に世界を目指す選手の登竜門であり、真剣に戦いの場に
なってきている。
だから関東以北の 18 歳から 26 歳までは青年 1部と言って難関で、強豪たちがひしめき合っているのである。
それに引き換え、成年1部と壮年部のおじ様たちはまったくの同窓会だ。
東北・関東・甲信越の選手は、各地方のなまりをそのままに、大きな声で顔見知りの選手がすれ違うたびに、
「まだ滑っているのか?」 「早く孫でも抱いて、引退しろや!」などと悪たれをついて、からかっているのだ。
そういう自分も参加しているのだから始末に終えない。
昔は、スキー学校の花形選手だった頃の話をしては、大きな声で笑っているのだ。
何しろ皆、元気でいるのだから、笑顔もこぼれると言うものだろう。
青年 1 部2部の選手はそれを横目で見ながら、スキーの板を見て心配そうにうずくまっているの選手や、
高校生の県代表が何人かで集まっているグループなどはそうは言っていられない。
私も乾燥室から出てきたときにはもうすでに心はレースのコース観察に向いていた。
各県の代表選手は、県ごとにテントを張っているので、そこで仲間の話あいをしているようだ。
どこの誰がどんな調子だとか、この雪で、上越の選手は有利になるだろうとか。
米どころ上越の近くにあるスキー場は、(妙高・黒姫・八海山・湯沢)などのスキー場は、
日本海が近いと言う条件で、冬になっても氷点下 10 度以下に下がることはめったになく、大量の雪と、
標高が低いと言うことも手伝って軟らかい雪質で、スキーレースがあると深く掘れることが多い。
そこで、上越の多くの大会では、スノーセメントと言って硫安と言う肥料になる農薬をまいて、
雪を固まらせて行なうことが多く、雪面が硬い状態でレースを行なうことになるのだ。丁度今回の雪質と同じような条件になるのだ。
ちょっと昔は、塩カルと言う塩化カルシュウムを用いていたが、植物への影響や、
環境に配慮する風潮になってきたため、多少高価だが安全なものに変えているのだ。
だからこんな話が出てきたのだろう。
しかし軟らかい雪が得意の選手でも高速になったときの強いエッジングは、共通のもので、
上手な選手は悪雪でもアイスバーンでもこなしてしまうのだから、上越の選手が有利とばかりはいえないだろう。
群馬県の選手のところでは、滑走性能についての話をしていた。
「氷砂糖のような白い色をしたワックスはホルメンコールのもので、剥がれやすいが、低い温度にいい。」
「ガリュウムワックスは引っかかる。だとか、どのメーカーが滑走効果がいい、よく滑る」などと一応に研究成果を話し合っていたが、
いまさらそんな話は、ここで塗りなおすことが出来ないので、「なんだかね。」という感じで聞き流していた。
しかし本人たちは真剣に話しているので、親父選手たちとの姿が対照的で面白く感じた。
若い選手は、この大会の順位でポイントが決まり、日本選抜・ナショナルチームに入れるかどうかのせめぎ合いをしている。
本当の真剣勝負に賭ける選手たちである。
選手同士の挨拶もほんの一言二言で、ライバルに対して心で牙をむいているのがそばで聞いている私にも伝わってくる。
かくゆう私も参加選手なんだけど。
天候が悪いので、何人蹴落とすかな?と胸算用しているので、あまりライバルの視線は気にならなかったのです。
「桜井さん、板の調子はどうですか?」 私の使っているスキーメーカーのレース担当の山口さんが後ろから声をかけてきた。
「まいど、重いくらいで、後はなんてことないです。」 肩に担いでいるスキーを突き出して、返事をすると、 北海道の選手の名前を出し、
「かなりぴりぴりしていましたよ、話が出来ないくらいでした。」
「桜井さんは大丈夫みたいですね」
「私をライバルしている人はほとんどいないでしょう、気楽なもんですよ?」
「悪雪の選手として君の名前は知れていますよ?」
「そうですね、今回はちょっと、がんばろうかな」
「もしよければ荷物預かりましょうか?」
「いや、一杯みたいだし、ほかを探しますので、ありがとうございます。」
「お願いがあるんですけど、ちょっと、ビンディングの調整を見てもらえますか。」 と言って、
担いでいたスキーをテントの前に下ろし、雪の上に並べた。
「この板持ってきたんだ、やっこくないかい、」
「昨日使ってみて、(雪が)かなりやっこかったので、こっちにしてみたんだ、」
「標準より軟らかい板だから、当たり外れがあるがあるかもしれないんで、賭けだね」
「そっすね、賭けではずれてもいいっしょ」
「じゃちょっと履いてみて」
両方のスキーを山口さんの前に揃えておき、ブーツ裏の雪を取って履いてみた。
私の足元にうずくまって、調節用の長いドライバーを慎重に回して、ビンディングの開放を調節してもらった。
開放値の調整と言って、転倒した時にスキーとブーツを分離してくれる役目をする機械で、
離れないとなると骨折につながるために慎重に調整しなければならない。
しかし逆に簡単に外れてしまうような調整だと、誤開放と言ってレースの途中で、開放して転倒することになってしまう。
一年前の12月に菅平スキー場の大松ゲレンデで、行なわれたノルディカカップという、関東甲信越ブロックの国体予選の大会で、
4期門にさしかかるところでスキーが外れてしまい転倒した苦い経験があるため、プロの目で調整してもらうようにお願いしたのである。
国体の会場は、平日であるということと、悪天候ということも重なって、会場は閑散としていて、
観客もまばらで、選手、役員の人数がはるかに多く、同じウエアーを着ている人で目立っている。
国民の冬のお祭りと言うにはあまりにも寂しい会場であるが、しかし役員や選手の人数は多くスタート近くの斜面や、
駐車場を開放して作られている各県のテント村には多くの人がごった返しになっている。
各年齢ごとに都道府県の代表が何名か出場しており、参加選手の総勢は200名を超えるだろう。
雪のない県の宮崎県や沖縄県からも代表選手を送ってきている。
実際に戦う選手は、各クラスで40名くらいであるが、クラスごとにコースを変えて行なえないので、同じコースで時間をずらしてスタートする方法だ。
リフト待ちの間も、容赦なく雪が降り続いている。 そうこうしているうちに壮年の部が、もうすでに始まっていました。
壮年と言うのは50〜60代で、先ほど大きな声で昔話を笑っていたスキー学校の大先輩たちで、
かなりふざけていた人が多かったのだが、レースになると気合が入っているようだ。
会場のアナウンスでは、次々にゼッケンとタイムが流されていたが、そのタイムに耳を傾けながら
「自分のスタートまでにはまだ2回くらい滑る時間はありそうだ」と、一番長いリフトに並んでいた。
待っている間に体の上に雪が積もってくるが、犬のまねをしてぶるぶると振るわせるとすっかりと飛散ってしまう。
雪が積もることは何てこと無いが、体温で雪が解けてゆくと水が染み込んでくると、さらに解ける速度が早くなり、体が冷えてしまうのだ。
ザックの中からアウタージャケットを取り出して羽織った。
これからスタートまでの時間は寒さ対策がかなり重要な問題になるので、予備のジャケットは大き目の物を用意しておいたのだ。
ゴール地点にレースが終了したときのアウターコートをバッグに入れて木に引っ掛けておき、
レーシングスーツで長時間いないようにすることも忘れてはならないことだ。
雪の上に直接ウエアーを置くと凍りついたように冷たくなってしまい、後で着た時に体を冷やしてしまい、何のためのアウターか分から
なくなってしまう。
終了後にスタート地点で履き替えた移動用のスキーを取りに行かなければならず、
そんな時間もレーシングスーツだと体が冷えて動けなくなってしまうのだ。
レース用のスキーを担ぎ、移動に使っているスキーを履いて頂上のスタート地点に上がってゆく。
その荷物の量が天候の悪さを物語っているようだ。
リフトに乗っている時間も体の上にうっすらと雪が積もって、ちょっと後ろを振り返ると皆真っ白な雪だるまのように見える。
斜面の方を見てみると、30秒間隔で、選手が飛び出してゆく。
ゼッケン番号がひと桁から、2桁目の前半である。
多きな雪煙をあげて滑走してゆく。
リフトの上からコースを見ながらインスペクションの時間はもうすぐだな、と思いながら、壮年の選手の滑走を目で追っていた。
インスペクションはコースの下見という重要な作業だが、この時にポールのタイミングや、
左右へ振り込み具合など頭の中に覚えこませ、ターンの弧の大きさなどを調整するのだ。
ちょっとでも記憶違いがあると今回のような悪天候ではタイムロスにつながるし、そんなことをすると絶対勝利には結びつかない。
壮年2部と1部が終了した。
2部は60歳以上の親父たちだ。
1部は45歳以上だ。
コース整備及びインスペクションと呼ばれるコースの下見をして下さいというアナウンスが雪降る斜面に響き渡った。
ゼッケンを首からぶら下げ、競技用のスキーと大きな荷物を木陰に置き、ライバルたち40人とゼッケン順に横滑りをしてゆくのだ。
コースには各都道府県の選手とコーチがゆっくりと話をしながら、滑っていくのが見えていたが、
私は一人で競技に挑んでいたため、コーチや選手仲間とは縁が無かった。
スタートから急斜面が続き、テクニカルな旗門が続く。 5から8旗門まではじっとしている選手が多く、
時たま下を向いて、片手を魚のように泳がせて旗門の特徴を覚えこませようとしているのだ。
9旗門目からコースが狭くなり、ターンが浅周りで減速要素が無く、したがって速度が上がってゆくところになる。
このあたりが最高速度の100キロを記録する場所であろう。
旗門の間隔が長く、入る角度がちょっとでも違うとタイムに影響するため、進入角度を覚えることは重要である。
私のインスペクションの特徴はポールの侵入角度を覚えていくこと。
さらに周りの景色をポールに写しこみどんな木が見えるか、どの角度で山が見えるか、などを覚えてゆく方法を昔からやっているので、
ちょっと視界が悪いときは苦労するが、遠くの景色ばかりでなく、コース脇の造形物なども視野に入れて覚えてゆくのだ。
特に今日は視界が悪く、近くに生えている木の場所を覚えることでカバーしていた。
その下の斜面になると緩やかな、流れるようなポールセットが続く。
ここはワックス勝負になる。
スキーの滑走面がべったり雪につくため除雪抵抗が問題になるので、ワックスの選択に迷うところだ。
この標高差では、雪面の温度にあわせたワックスの調整が必要である。
いまは、移動用のスキーを使用しているので、問題ないが、以前は大会用のスキーを使って下見をしたため、
本番のときにまったくすべりの悪い状態になり、失敗した経験があるのだ。
レース用のワックスは、だいたい2000 m滑走するとほとんど効果が無くなり、雪面の温度によっても、効果を発揮できないものに
なってしまうため、
本番でのワックスのはがれる時間や、標高差による温度変化を読み取ってワックスの下地を作らなければならない。
配合を考え、順番に塗ってゆく事が重要になるので、選手一人一人の知識や、感覚が勝負の分かれ目になることが多いのである。
特に暖かい雪や、湿った雪には注意が必要で、温度を間違えると1分くらいの勝負で、
5秒以上の違いが現れてしまうため、選手は雪の変化を読み取ることが、大切になるのだ。
ゴールまで、インスペクションを終わってみるとかなりテクニカルなコースであることがわかる。
もう一度上を見上げて気になるところと、ターンのきついところを思い出しながら、リフト乗り場に向かって移動した。
再びリフトに乗ってゆくが、今回は、スキーも荷物も無いので、楽な姿勢で乗ることが出来た。
しかし頭の中は、今見てきたコースを何度も思い起こしポイントになるコース取りや、
斜面の変化に対応するスキー操作などを考えていたので、座っている時間は頂上につくまでのんびりしていられなかった位だ。
競技用に用意したスキーに履き替える。速い速度で両足を交互に前後しながら、ワックスのなじみ方を感じ取ってみる。
スタート地点の標高2800mのところでは、あまり影響は出ないが、滑走して半ばあたりからの標高が下がったコースでは、
雪の温度が変化し底あたりからの地点がワックスの勝負どころ。
朝食後に乾燥室からスキーと温度計を持ち出し、温度にあわせたワックスに塗りなおしていて、正解だったと思うが、まだ判らない。
レースになって、何人も滑走した後では雪が掘り返されていて、変化していることがあるかもしれないので、まだまだ安心は出来ない。
スタート係りの人が、ゼッケンを読み上げて行く。いよいよだ。
ここで、返事が無かったりすると、 DS といって、 Don't startということになってしまうのだ。 スタートまであと10人になった。
スタート台の後ろに立つ、早鐘のように心臓が高鳴っている。
普段の通りに滑ればいいのだが、やはり国体に出てきた以上恥ずかしい成績は持ち帰れないのだ。緊張してきた。
小学校の運動会だったら、「おしっこしたくなる」というような感じ方なんだろうが、この時は、のどが渇いてきてつばが飲み込めなくなってきた。
発信音が30秒間隔でスタートのタイミングを知らせている。
低い発信音が続き5秒前から半音変化する。
「ポー」 10秒前 「プッ、プッ、プッ、プッ、プッ ピーン」5秒前から発信音が変化する。
次々に選手が雪煙の中に吸い込まれてゆく。
一人一人が滑ってゆくと、雪煙がきれいに舞い上がり、その後には選手は一瞬に消えてしまう。
昨夜からの雪がすでに三〇センチを超えているのだろうか、
コース整備をしてくれる旗門員やスキー学校のアシスタントが踏みつけながらゆっくり降りていったが、瞬く間にまた積もりだしているようだ。
選手と選手の間にコース整備が何人か横滑りで、掘れた所を修復しているが、まったく役に立たない。
堅くしまった雪の上に柔らかい雪が積もって、多くの選手が滑るとコースが深く掘れて溝になっているのだ。
リュージュのコースにしたほうがいいのではないか、と思えるような深い溝に、それぞれ選手が果敢に突っ込んでゆく。
スタート順は昨年までのポイントや予選での成績で、私のスタート順は後半のあまりいい順番ではない。
しかし今回は先にスタートした選手が何人も転倒しているので、入賞も可能性が出てきた。
あまりに深い溝にスキーを引っ掛け、ターンできずに飛び出していってしまったからだ。
だんだん息苦しく、心臓が喉からでそうになってせき込む。
直前の選手が7旗門目で転倒だ、と場内アナウンスが知らせている。
「コース整備のためしばらく中断します。」とアナウンスが響いてきた。
スタートの発信音が消えた。
また一段と雪が勢いよく降ってきたので、スタート地点にある小さなテントの中で、ゴーグルをはずし、
深呼吸をして筋肉の緊張をほぐしながら、屈伸運動をしていた。
3旗門目以降はスタート台から見えない。
前半の平均斜度30 を超える非常にテクニカルなコース設定であるため、はじめから飛ばしてゆくのは危険だ。
慎重に早めのターンをしながら、次の旗門に上から突っ込んでゆくようにするのが前半の勝負どころである。
前日のノンストップトレーニングでも最高速度100キロを超えていた。
空気抵抗を少なくするために、体制を低く保つことが勝利への近道となるが、低い体勢は、 バランスが取りにくくなり、転倒の危険がある。
この緩急の複雑なコースの攻略を、いかに無駄なくこなして行くかが勝敗を左右するのである。