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 ○スタート
 
  「コース整備員はオープンしてください。」のアナウンスがあり、 30秒前からまた発信音が始まった。
  タイミング音が低い音から高い音へ変わる 「ポー」 10秒前を知らせる発信音が始まる。
  コンディションの悪い中でのスタートだが悪雪には自信がある。


  グローブをしっかり握りなおして、ストックに手を通した。
  両方のストックをスタートバーの前に出して、スキーを後ろに引いて構える。
  もう何も考えずに、しくじらないようにだけ考えて前を見据えた。


  自分の心臓の音が聞こえると言うことは信じなかったが、じっとしていると「コン、コン」と聞こえてきて、速くスタートしたくなった。
  「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ポーン」 両腕に体重を掛け、背筋で思い切り体をそらし、
  その反動で体を前にはじき出すようにして、両足で思い切りスタートバーをけり開いた。


  ストックを交互に使って、第一旗門に向かってスケーティングする。
  2回3回とスケーティングすると、見る見る第 旗門が迫ってくる。
  姿勢を低くして左肩から先に回ろうとした。旗門の下は思ったほど掘れていないので、横ずれせずに回れた。


  頭の中が真っ白でゴールまでどのように滑ろうか全く忘れてしまった。
  どのコースが最短距離だったか覚えていないが、次から次からへ赤・青の旗門が前から攻めてくるので、戸惑っている暇はない。
  2期門目に指しかかる時に「はっ」我に帰りインスペクションの通り急斜面は慎重に深く回り、大きなずれを作らないようにということを思い出した。


  切り替えを早めにしてゆく。
  ポールと衝突するたびに右腕に鈍い衝撃が伝わり、最短距離を滑走しているのがわかる。
  足裏からあまり掘れている様な感覚は伝わってこないが、ターンの深いところでは、腰くらいまで沈むので、
  視界が一瞬雪の壁を見ようになって、次のポールが見えなくなる。


  下を見ていることは命取りで、速く視線を上げ、次の旗門に焦点をあわせるのだ。
  うっかりして掘れたコースばかりを見ていると、滑走コースより余分なルートをたどってタイムロスになってしまう。
  深く掘れているところでは、急なスキー操作はせずにほれている通りに滑走してゆくのがこつだ。


  ここで、何とか速く回ろうと小さく回ろうとしても、スキーには長さがあるため、
  切れ込んでゆくとテールのほうが溝に落ちてしまい、回りすぎて逆にずれを生む結果になる。
  逆にあまりに素直に溝に入ってしまうと、ポールから離れた、溝の中を大きく回ることになるため、タイムロスにつながってしまう。


  掘れている斜面の内側を削り落とすような感じで、深くなる手前を通過するコース取りがタイムロスが少なくていいのだが、
  何せスピードが出ている分正確なスキー操作が要求されるのだ。
  更に掘れかたも均等ではなく、深かったり浅かったりして状況判断を誤ると、内側のポールにスキーの先端を引っ掛けてしまうため、
  先ほどのインスペクションのときに深回りだったか、浅かったか、を思い出し切り替えの時期を調整するのだ。


  掘れた雪面に何回かバランスを崩しながらも、低い姿勢を保っていたので、十分な速度が出てきていた。
  急斜面最後の最高速が出る場所に差し掛かってきた。この地点では90キロくらいであろうか。 朝のインスペクションで、
  100キロを超えると思われたが、雪がその状況を変えていて、積もったところの影響で、最高速が抑えられているのだろう。


  大きく振り回されてはいないが、両脇のコースセパレーターの網が近く感じられてきた。
  ヘルメットの中では、空気を切り裂く音が「ゴー」から「シュー」に変わってきた。
  速度が上がってきているようだ。


  「もっと、もっと」 頭の中では、速度をあげるために呪文のように、何度も繰り返しながら、低い姿勢を保っていた。
  ヘルメットをつけると、通常の音ではなく気流を捉えた時に音が変化するので、今何キロくらい出ているのが、体得できるのだ。
  また低い姿勢では腕の位置が気流を乱す原因となり、この位置がタイムを争うときの大きな問題になるのだ。


  腕を抱えると胸のところに空気の渦巻きが出来て、体の大きさ以上に空気の壁を作ってしまうため、顕著に速度に変化が現れる。
  そこで、腕をなるべく外側に張り出し、胸のところの空気を内股の間から後ろに流してゆくことが重要になる。
  そのときの音が、シューッと綺麗な通過音を残してゆくのだ。


  ただそれも風洞実験をしたわけでもなく、科学的な根拠もないのに、なぜそんな発想になったかと言うと、中学生のころから友人二人で、
  模型飛行機を作って、川原や広場に行き、真っ暗になるまで、最高速の出る飛行機やスタント性能にいい飛行機など改良していたのだ。
  空気抵抗というのは思いがけない形で、飛行機の性能を左右する。


  どんなに小さく作っても団子のように丸くなっていたんでは、その周りに渦が出来て、
  抵抗が増えるので、運動性能はいいが、速度の出ない飛行機になったのだ。
  しかし板の様に平たく構えていれば、空気がスムーズに通過してゆくため、空気を切り裂く音がしなくなってくるのだ。


  それをスキーの姿勢に当てはめると、「ゴー・ゴー」と言う様では、空気にぶつかってしまい、
  抵抗がある状態の音で、「シューシュー」と言う音になってくると、綺麗に流れているということになる。
  斜度が変化して緩斜面になり速度が落ちてきているのがわかる。


  急斜面から緩斜面に変化するときは、目の前に真っ白な壁が迫ってくるような恐怖に襲われ、踏ん張っていないと、
  かえるのようにべたっと身体が押しつぶされる様に雪面にたたきつけられる。
  緩斜面では低い姿勢はもちろんのこと、両方のスキーに均等に体重を掛けることを考えなければならない。


  片足に多く体重を掛けると、そのスキーだけが、雪面に食い込み圧雪抵抗になってしまうのだ。
  だから両足に均等に体重を掛けることで、接地面積をなるべく増やし、雪による抵抗をスキー全体で支えるようにして、
   圧雪抵抗を減らさなければならない。
  このときが一番ワックスの威力が発揮されるのである。


  急斜面では、落下している速度を殺さないように方向を変え、コースを作り出してゆくので、
  ずれを生まないように進行方向を変えることが重要になっているが、緩斜面では、滑走面がべったり雪についているので、
   滑走自体が抵抗になっているためだ。
  「ワックスが合わなかったか」と、なお一層姿勢を低くして抵抗を減らす努力をしているが、一度落ちた速度を回復することはなかなか難しい。


  急斜面からの速度と比例するとかなり速度が落ちてきているが、それでも70キロは出ていると思われる。
  「シューッ」と言う音が聞こえなくなっていた。
  朝の時より明るくなってきているので、目印にしたコース脇の小さな木がよくわかり、 タイミングよく緩斜面のスピードコースを突進している。


  ここの緩斜面は約20度位の斜度で、中級スキーヤーが楽しめる程度のコースであるが、
  レースのコース設定をすると途端に緩やかな斜面設定になってしまうのだ。
  大きなターンでは、まったく姿勢を変えずクローチング姿勢のまま、速度を稼ぐことが出来たので、
  急な斜面変化に対応したコントロールを行なったので、ここでの減速はないと思う。


  上半身は低い姿勢を保ったまま、下半身だけの力を使って、スキーの方向を変え、最短距離を突進してゆく。
  急に視界が開けてきた。これからが正念場だ。
  コースは明るくなっているので、ゴーグルが気になってきた。雪がゴーグルの脇に積もり始めて、視界が狭くなってきた。


  しかしゴーグルをぬぐっている暇はない、次から次にポールが襲ってくるのだ。
  約 1分過ぎたろうか、呼吸が苦しく「あと少し、後もうちょっとでゴールだ」と言い聞かせ、最後の壁に向かってゆく。
  ゴール前の最後の急斜面でガクンと落ち込む、まったく前が見えなくなった壁のように迫ってくる。


  次の瞬間、からだが宙に浮いた。
  「ふうっ」と内臓が引きずり込まれそうな感覚である。
  約20m位 空中を飛びぬけて接地した。


  バランスを崩さずにゲレシュプをクリアーだ。
  安心はしていられなかった。
  次のターンは急な右回りで、不得意な方向なので、意識して早く切れ込みを深くして小さな姿勢のまま、クリアーしたが、
   少しずれてしまったかもしれない。


  片腕を大きく前に出して、ゴールの光電管を通過するのだ。 コンマ何秒でも早くゴールを通過して、
  順位を上げたいと言う気持ちの現れだ。 ゴールしてから、呼吸を整えることがなかなか出来ず、息が苦しくて吐きそうになった。


  自分では頭に思い描いた通りに最短のコースを滑ってきたつもりだが、はたして途中の緩斜面での失速がどのくらい響いているか心配だった。
  早速スキーの板を外し、順位表の前に駆けつけてみる。
  人だかりが多くて自分のゼッケン番号が見つからない。


  シード以外の選手が入賞することは今までなかったから、後半の順位を探していたがなかなか見つからなかった。
  上位のほうを見上げると、 「あった」「いま三位だ。」 自分のゼッケンを見直しながらもう一度見上げてみる。間違いない。
  「俺の番号だ。やったぜー!くー!」 自分に驚きながらもうれしい気持ちを噛み締めていたとき、 後ろからよく通る高い声で、
  「すげじゃ、どったらこいたもんだか」 まだ呼吸の収まらない状態で、
  振り返ると2年前に卒業して現在青森県のデモンストレーターになっている寿子先輩がそこに立っていた。


  「いぐ、いぐ、と思ってはんで、すげじゃ」 なんとなく云いたいことは解る。
  「まぐれですよ」と照れながら返事をしたが、スキー焼けした浅黒いほっぺが気になっていた。
  「先輩、今日は誰の応援ですか?」
  「わの ちゃっけ、おととも 代表で 出てんだ。しゃっけも、ほずなくて、まいねや。」
  (私の下の弟も青森の代表出場選手なんだ。でも意気地がなくて、しっぱいしてしまった。)


  よく聞き取れなかったので、「そうですか」「どうも」とあいまいな返事をして、自分のスキーを外した所に戻っていった。
  両足はパンパンに張っていて、膝の上は熱をもっているようで、雪が積もっている先から、水玉になって流れ落ちているのだ。
  しかしヘルメットを脱いだ、あとの顔と両腕はぴりぴりするような感覚になり、両側の頬が凍っているようだ。


  腕も寒さのため、力が入らない。右ひじが打撲のような痛みに変わってきている。
  肩を回すようなストレッチをしてみるが、肩には痛みはないようだ。 朝自分のアウターウエアーを置いたところに移動して、
  寒さで冷え切っている上に羽織ったが、なかなか寒さは引いていかないのだ。


  思った以上の速度低下はなく、今までのコース攻略とワックスが調和していい順位を得ることが出来た。
  シードでもない選手が、3位にはいることはまれである。
  天候が味方してくれたんだろう。


  後にいる選手の中には2人今まで私より早いところにいた選手がいるので、未だ楽観できないが、
  この順位では満足できないが、やっとここまできたという感じがしてきた。
  全員が終わるまでの時間どうしようか、考えていた、かなり足に疲労がきているし、どこかに座りたい衝動で動けなくなっている。

 

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