スポーツトレーナー櫻井優司TOP >> それでもスキーが好き >> スキー学校
○スキー学校
順位が決まってしまったので、ロッジや休憩所は先に滑った選手やサポートしてくれる人々で、立錐の余地もない状態だった。
「ぜん」と呼ばれる彼は19歳 善次という名前で、青森期待の選手で、ブルーモリスというまだ出来たばかりのスキーメーカーから
提供を受けていた。
先ほど私を待っていてくれた寿子先輩の弟で、今回の国体に地元青森県の代表で、期待の星と言ったところだろう。
彼を先頭に、雪の踏みしめられたスキー学校までの道を、表彰台の裏を通って 3人で歩いてゆく。
彼が入ってゆくとスキー学校の中は大騒ぎになってしまった。
「どだ、どだ、なしただ。」
「まいねや、ゆぎさ積もって、かへねエな。さいごさ、ストックにたもじかってな、いや、まいね」
(だめだよ、雪が積もって滑らなかった。)
(最後の急斜面はストックによっかかる様な無様な状態だったので、だめだ。)
女性のインストラクターが寿子先輩と二言三言はなした後で、こちらに来て、椅子を勧めてくれた。
「どんぞ」 「ありがとうございます」 と座らされた丸いすは、ビニールのカヴァーがところどころはがれた、ちょっとゆがんでいて、
がたがたゆれるものだったがやっと座れた安心感で、疲れと悔しさが「グたー」と音を立てて襲ってきた。
工事現場にあるようなプレハブ小屋だが、中は非常に広い、北側の小さな窓には大きなツララが下がっていた。
しかも室内である。
真ん中に石油ストーブがあり、その周りを囲むように 30センチ幅程度のカウンターを作られていて、湯のみがいくつも置かれていた。
バスの停留所においてある、牛乳メーカーの看板のついたベンチが4つあり、ぐるり周りを取り囲んでいた。
何人ものユニフォームを着たインストラクターと思われる方々が、真っ赤な顔をして、「ぜん」君の話に興じているのだ。
ストーブの上には、すすで黒くなった30リッター入りの大きな薬缶があり、湯気を上げていたが蓋の取れている中には1升ビンがお燗
状態にあった。
中の液体は半分程度しか見えず、ストーブのカウンターの上には今開けたばかりだと言わんばかりに蓋のカバーと栓が転がっていた。
もう半分も飲んだのかいと言う状態だった。
雪はしのげるが、津軽弁の嵐は外の雪を吹き飛ばす勢いで圧倒されていたが、ただじっと座っているだけで「ほっとした」一瞬を受け取れた。
気温がさらに低下しているようだ。
じっとしているとレースの余韻を思い出すように体がぶるぶる震えてきた。
ストーブはついているのだが、ここまで暖かさは伝わってこない。
スキー学校はほったて小屋で、隙間から入る風で室内はストーブがあるのに寒かったし、外の音もよく聞こえていて、 会場のアナウンスが、
「天候の状態も考慮し後送の選手が滑走終了しました。」
「全行程が認められて公認タイムになりました。」と言うことが伝えられていた。
すべてのレースが終了したということを伝えていたアナウンスも、はっきり聞き取れていたので、これで4位が決まったのかと言う気持ちで、
仕方ないと言えばその通りだが、悔しい気持ちで、じっと佇んでいた。
チラッと振り返って、順位表の前をくもった窓越しに見たが。
そこにはもうほとんど誰もいなく、3位までの選手のタイムとゼッケン番号に赤い印がついていた。
私の後から滑った新潟の猪俣和哉選手と宮城の里吉選手がいたが、この 2人は昨年の全日本選手権では私よりタイムが早く、
これからはまた順位を落としてしまうのかとひやひやしてライバル視していたのだが、
今回の悪雪では、私に軍配が上がったということで4位入賞という結果になっていたのだ。
スキー学校では、「ぜん君のタイム」が話題になっていて、東京から来た選手がどんなタイムを出そうが、
まったくお構いなしにレースの話をしているようだった。
スキー学校の事務長がストーブの上のやかんから 1升ビンを出し、中のお湯をついで、インスタントコーヒーを作ってくれた、
砂糖とミルクがたっぷり入っていて、甘くてちょっとコーヒーの味がするものだったが、
悔しさに打ちひしがれている今の私には本当に暖かくうれしい飲み物だった。
「ま、これでも飲んでさ。どだ、なした、4位、充分でないの」
「まだまだつぎ、あるんしょ、酒のがいいか」
「そんだ な 「ぜん」だて 12位になるはで、やっとこ、なに、またきてしんな。」
「んだ、んだ、き すくっと、だど。 ぬくまって げんきだしい。」
「はい、ありがとうございます。」
どこのスキー学校でも始めての人にはなかなか話し掛けられずに、田舎の人は人見知りが激しいのだが、
寿子さんの紹介で、学校の後輩と言うことと、ぜん君のタイムよりも勝った若者に本当にやさしかった。
レース会場の撤収も終わってきたのか、次々にインストラクターたちが帰ってきた。
「おつかれー」
「はいおつかれさんでした。」
「けったど」
「はいおつかれさん」
「しばれたんでないかい」
「はいおつかれさん」
「テントはんで 明日で いいしょ、タイマーだで 入れたけど」
「はいおつかれさん」
「ウーさびー」
「おつかれさんでした」
「はぐしめれ」
持ち場の担当をこなしたインストラクターたちは、冷気と共にスキー学校に入ってきた。
一瞬、中の空気が凍りついたような温度に下がり、長老が怒るのも無理はないようだ。
あいづちをうつ要領で、寒さの状況が伝えられ、スタート地点の温度はマイナス14まで下がったと言うことだった。
寒さえ笑いに変える楽しげな話が始まった。
甘いコーヒーも飲み終わったし、会話の中に入れるわけでもないので、そろそろ帰ろうかと思ったとき、大きな図体をして、
分厚いめがねをかけた校長と言われる人がなにやら片手に大きな袋をぶら下げたものを掘建て小屋の横に置いて入ってきた。
「どだ、なしただ。」
「いよー校長、首、長かったど」
「ぜん 買出ししてけれ。」
「へいー」
「じぇじぇかへ」
「片手会だど。」
500 円と言う意味なのだろう皆細かいお金をジャラジャラぜん君の手のひらに集め出した。
何が始まるのだろう。
「寿子さん、何集めてるんですか。」
「いんだ さっくらいは、きょは わ が おごるはんで。」
「はい」
「だば、いんべ、トール、けつにのれ」
と言って、スノーモービルにトール君を乗せて、だだだだだと走ってゆきました。
「校長、な、しめっから、うらではげ、鍋さ だしとくべ。」
という長老の指導員は校長に指図をして、大きな鍋をストーブの上において醤油を注ぎだした。
底が見えなくなってきたころ、砂糖、ねぎ、生姜、白菜、ごぼう、などを鍋の上で、袈裟がきするようにざくざくと切り落としてゆく。
まな板などいらないのだ。
鍋の醤油が細かな泡を回りにつくり初めてきたころ、校長が手を真っ赤にして肉を両手にいっぱい持ってきた。
その肉を鍋の中にどぼどぼと投げ入れるように落としていった。
「はぐ はぐ」
「あと 2わ わけもの だれかてつだへ」
「なんも はぐ しめれ」 「さっくらい 裏で見てみっか」
「何やっているんですか?」
「ウサギ締めてんだ。」
「エッツツツツ―」
「この肉ウサギなんすか!」
「みてみれ」
スキーブーツを脱いで、長靴を貸してもらって、スキー学校の裏のドアから薄暗くなっている所に出てみた。
大きな木が3本立っているところに大きなスポットライトがくくりつけられていて、その木の下で、
ごそごそとやっている姿を背中越しにそっとのぞくと、片足にロープをくくりつけられたウサギが2羽横たわっていた。
「な だれじゃ」
「わの後輩で さっくらい つうだ」
「はぐ そっちもって手伝え」
目の高さに小さな枝が出ている。
その先に後ろ足をくくられたウサギを逆さづりにするのだ。
次に、アキレス腱のところにナイフをつきたて、ワインのネックカヴァーを切る要領で、くるっと 1回転切り、毛の部分に切れ目を入れた。
そこから、ナイフの先を肛門に向かって「つつーっ」と走らせる、同じようにぶら下がった状態のまま、
そのナイフそのままで腹を通過させて、首までやはり「つつーっ」と走らせる。
ナイフをサックに入れたかと思ったら、ロープに括られている足の部分からストッキングをくるくると丸めてゆくように毛を内側に丸め込んでゆくのだ。
「な よくみれ きなきって 毛な とばねよに 丸めんだ」
「毛とびちっと 肉さついて 食いもんなんね」
「はーそーっすか」
「やってみっか」
アンコウの吊るし切りというのは聞いたこともあるし、見たこともあるが、ウサギの吊るし切りは初体験だが、やってみたかったので、
「はい、やってみたいです」
「ナイフこれ使ってみ」
「骨きんな ウサギの骨さ キッと硬くて、刃こぼれっから。」
「わ これ わた抜くっから」
と言って、首まで毛を巻いた状態で、大きな鉈で首を落とした。
ピンクの皮膚をさらしたままぶら下げられたウサギは、雪の上に横たわった。
腹から、内臓を抜くため、首からごつい指を2本入れて両手で開くように解体してゆく。
開いた時に「バリバリ」と言う音を立てながら、心臓や内臓が見えてきた。
内臓には黄色い脂肪がついていて、冬を越す栄養を貯えている事が理解できた。
それを横目で見ながら、自分の目の前に逆さにつり下がったウサギの足にナイフをあてて くるっと 1 周回していた。
毛がつかないように注意しながら、皮をはいでゆく、わたぬきは慣れていないので、校長先生に任せて、
血だらけになった手を下の雪でぬぐいながら、肉片になったウサギを両手で捧げながら持ってストーブに運んでゆく。
落とさないようにそっと鍋に入れた。
「けったぞ」 と言ってぜん君がトール君と帰ってきた。
両手に1升ビンを7本担いできた。
なれた手つきで、扉の外に雪の冷蔵庫を作りその中に重ねて冷やすのだ。
「はぐ けや」 早く食べようぜ。
と言って鍋を突っつき始めた。
3羽めのウサギは鍋に入りきらなかったので、裏の雪の中に埋めた。
「ちょっと濃かねか」
「そか だば」 と言って、酒をどばどば注ぎだした。
「味見てみ」
「いんでねか」 私も恐る恐る箸をつけたが、ほどよくしょうゆ味が、染みていて、こんなに柔らかい肉だとは知らなかった。
鶏肉よりちょっと弾力があり、やはり獣の肉と言う感じがした。
鶏肉だと言って食べたと言う僧侶の話はたぶん作り話だと思った。
私も椅子に座って食べ始めたのだが、本当にうまい肉で、野菜には目もくれずに肉を口に放りこんだ。
その食べっぷりに校長先生も楽しげに 1升ビンを差し出した。
コップに酒を注がれはじめた。
今日の成績の事も忘れたかったし、肉を食べながらの酒も呑みたくなっていたので、プラスチックの白いカップをグイっとあおった。
「あまり飲めませんが、と言っても体育会なので、断りません。」 いい気になって、思い切り食べたし、呑んだのだ。
先ほどまでの寒さは一気に消えて、身体の中からぽかぽか温まってきた。
スキー学校のインストラクターの方々は、すっかり田舎のおじさんになり、出稼ぎに行った、仲間の話になっていた。
皆ウサギの肉には箸を出そうとしない、後から入れたうどんに集中していた。
そろそろ満腹になりかえらなければならないと思っていた。