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 ○運転手
 
  菅平も4月になると全くスキーが出来なくなってしまう。
  標高は高いし、まだまだ雪が残っているが、リフトが止まってしまうのだ。
  仕方なく山を降りるほかの学生たちと別れを告げて私も埼玉の実家に帰ることになる。


  また来年の冬に向けて活動資金作りと体力強化をしながら学校生活が始まるのだ。
  私も勉強の合間の仕事を探さなくてならないのだ。
  ちょうどその頃父親の紹介でやっていたアルバイトよりもいいものが見つかった。


  本当に運良く都合がいい一石二鳥のアルバイトが見つかったのだ。
  そのアルバイトと言うのは、ルートセールスドライバーと言ううたい文句で、アルバイトニュースなどに掲載されているもので、
  運転手と営業を重ね合わせたようなものだ。


  このアルバイトがどうして一石二鳥かと言うと、今までのトレーニング時間が同じ事をやっても収入にならないのに対してこの仕事は
   寒さに強くなるし、毎日汗をかく運動が出来るうえに収入としても月に40万円にもなると言う。
  一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる仕事なのだ。


  スポーツ選手のトレーニングは、基本的に日中の時間という事が原則であるため、時間が制限されている。
  だから収入につながる仕事が少なく、短時間で稼げる日雇いの夜間工事を探して働くことが多いのだが同じ現場は何時までもあるわけではなく、
  移動するため長く続けることは難しいし、またそういう仕事を続けていると睡眠を削ることになるため思わぬ怪我につながってしまうのだ。


  ちょっとした時期ならいいのだが、長期にわたる夜間の仕事は出来ないのだ。
  トレーニングの基本は朝のランニングから始まって、ストレッチ運動で2時間程度、
  その後トレーニングジムに行ってマシーンやフリーウエイトなどのワークを2時間程度こなして、3時ころに帰宅する毎日が続いていた。


  毎日行なうことで、体力の向上を狙っており、つらい冬のシーズンを貫き通すための体力を、作ることが大切だったのだ。
  しかしこれだけでは生活することは出来ないし、いくら両親に援助をしてもらっているからといってもぐうたらすごすわけにも行かないので、
  4時以降にアルバイトをしてたのだが、配送業務の補助と言う仕事で、倉庫での作業が中心だったのだ。


  翌日の配送のための準備と言うことで、 11時ころまで、雑誌・ pop販促用のツールを各店舗ごとに仕分けする作業だ。
  本は一冊では軽いのだが、20冊単位の帯にくくられていると、とっても重く更にその上にビニールコーティングされていると手が滑って持ちにくい。
  父は今までの会社を退職し赤帽運送協同組合の専務理事をすることになっていたので、事務作業を斡旋してくれたのだが、
  一日おきのことなのだが、倉庫作業の翌日は返本の集計作業で難しいことはなかった。


  生活パターンが決まってきているので、あまり気にしていなかったのだが、単純作業での収入は少ない上に、
  朝から深夜までの不規則な作業だったので、翌日の午前中まで、体調が戻らず、半日つぶれてしまい遅れをとっているようでつらかった。
  親の紹介だからすぐに止めるわけにも行かず、少ない収入の中でのやりくりも、翌年のニューモデルの購入や合宿の費用、
  ウエアー代などに秋風が吹くと共に消えてゆく落ち葉のような状態で心配になってきているところだった。


  夏前だというのに財布の中は寒い吹雪のような状態でした。
  昨シーズンのスキー学校から貰った100日分の指導費もすでに底をつきかけていたときだったのでした。
  新しい運転手のアルバイトは真夏にマイナスの冷凍庫の中で、 10キロの箱を運び出し、
  コンビニエンスに氷を配達する運転作業と言うことで、 1日2万円から3万円になる最高の条件です。


  金額はまったく問題ない水準です。
  仕事の内容は単純作業でしたが、体を使い汗をかく時間があるということでは、最高の条件でした。
  真冬のスキー場は毎日がマイナスの世界で、身体は寒さには強くなっているし、足腰のトレーニングにもってこい、夢の条件です。


  知り合いの奥さんが、コクボロックアイスの所沢事務所で、事務の仕事をしていて、
  その奥さんに時々会うたびに「若い運転手がすぐに辞めてしまう」という愚痴を言っていたので、どんな仕事か聞いたところ、
  まったく私にぴったりの条件だったのです。


  「すぐにおいでよ」の一言で、 翌日履歴書を持って、事務所を訪ねました。
  朝早く履歴書を書いて、その事務所を尋ねました。
  「奥さんから聞いて待っていたよ。」 人懐っこそうな所長さんが待っていてくれて、
  「速くなれてくれればいいから。」 と私の封筒の中の履歴書を見もせず、
  「明日から来ていいよ。」 ということになりました。
  この間に返事をしてのは「はい、はあー」の二言だけでした。


  翌日は5月22日は、今でも忘れられません。
  朝5時の練習が終わって自分の車に乗って、所沢まで通勤です。
  6:30に駐車場に着いたときは、梅雨の時期だったので、
  朝から霧雨の冷たい雨が降っていて、シンと静まり返って、まだそんなに忙しくないような雰囲気でした。


  今のうちにルートを覚えてくれれば、暑い時期には一人で、配達できるようになるだろうということで、その日から、作業に混じることになりました。
  先ず朝7時に大きな駐車場の前に全員が集まって、私を紹介してくれました。
  所長さんは親切に全員に紹介してくれて、次に仕事の内容を話してくれました。


  話の中で、私の担当の若い運転手さんに紹介されました。
  その担当のお兄さんは、私に仕事を教えてくれる担当で、言葉少なく 「着いてきて」 と言うと、
  すぐに20tの冷凍コンテナー車の横の扉を開けて、中に入っいきました。


  その冷凍車の中はマイナス 18度に保たれていて、その中に入っていくと 「ここから積み込みだから。」と一言。
  そのコンテナーの中から2tトラックへ 10キロの箱の積み込みが始ったのです。
  1箱は 10キロですが、トラック一杯にするには200ケースを積まねばならず、この積み込みで、思いっきり汗をかくことになるのです。


  マイナス18度の世界で、汗をかくと Tシャツの表面だけ凍りついて張りつきます。
  凍ったシャツの中を汗が滴り落ちて、腰のベルトあたりから湯気が立ち上る。
  背中は冷たくなっても頭からは湯気が立ち上って、昔のテレビアニメで、
  闘志で燃え上がる「巨人の星の(星 飛雄馬)」のような状態になってると思いますが自分では見られないので、ちょっと不気味な
   状況ではないでしょうか?


  他の社員はフリーターのお兄ちゃんが2人、おじさん社員が3人、女の子が、1人。
  この6人で、5台のトラックに氷を一杯にする作業が淡々と始まりました。
  時間にして約1時間くらいで、積み終えなければならない。


  そうしないと次に配達する時間が迫ってくるので、みんな無口に作業をしていました。
  10キロの箱を横から挟むように持つため、すぐに両腕と、胸の筋肉が痛くなってきたし コンテナーの中の低いところにある箱を持ち上げ、
  ローラーに乗せてトラックの荷台に綺麗に積み上げてゆくのだから、背筋も痛くなってきた。


  トラックは、コンビニの前で扉を開け2ケースから3ケースを積み下ろすため、綺麗に積んでいないと街中の道路で、
  扉を開けた瞬間になかから崩れ落ちてしまうことになるのだと聞かされました。
  そうなると道路に散らかった氷に回りは大騒ぎになってしまうのです。


  案の定翌日の配送でやっちゃいました。
  早くて綺麗で、箱をひしゃげないように積んでゆくことがコツです。
  その頃はまだ、ロックアイスと言えば、この会社のものが主流で、5社のコンビニに配達していました。


  しとしと降る梅雨の時期でさえかなりの量を配達していたと思いますが、このときが当然のように始まっているので、疑うことなく
   積み込みをしていました。
  そのうちに 7-11は独自の販売セールスを開始したため、われわれが運ぶことがなくなって、
  助かったのですが 6月の涼しい時期でも 30店舗のコンビニに配達するとトラックの中は空になって帰社する状態でした。


  真夏になったらこの仕事はどんな量になるのか、恐ろしいを通り越して楽しみになってきました。
  夏の間は、コンビニエンスの氷が飛ぶように売れるため、一晩で、陳列ケースの中が空になっていると言うこともおおく、
  1ケース10個入りの約10キロの箱を3段もちで 2回くらい運ぶのは当然の仕事でした。


  店内に入って箱を下ろし、箱を開いて中の袋を丁寧に陳列ケースに入れてゆく作業が何店舗も続くのです。
  よく売れる所では、7箱や10箱置いてくることになり、午前中で、トラックが空になってしまい、補給のために帰社することが多くなるのです。
  約100店舗が受け持ちで、一日 30 店舗を回り 3コースに分かれて配達するが、駅前店や、商店街は買い物時間にぶつからないように
   ルートを考えるのだ。


  しかし途中で、空になり帰社すると、思わぬ時間ロスで通行禁止の歩行者天国にぶつかったりすると、
  遠くはなれた場所にトラックを駐車し台車を使って配達することになる。
  暑い日中に配達するので、いつもシャツは塩が浮き出た柄になってしまい、
  破けた氷の袋を運転席の横に置きストローを突っ込みごくごく飲みながらの運転である。


  暑い日の翌日には3往復も当たり前で、朝6時の搬入から、最終の店舗が終わる頃には翌日になっていることが多かった。
  確かに24時間営業のコンビニエンスを相手にしているので、閉店の心配はないが、その分休憩時間はなくなってゆくのです。
  その日は帰らずに、というか帰って寝ても翌日の配達時間に起きられない心配があったので、
  冷凍庫の横にダンボールを積み上げ、その中に入って、「お休みなさい」をしたことが 3日に一度は有ったのではないかと思う。


  何人かで共通の話題を共用すると言うのはほんとに楽しい時間だったと思います。
  冷凍庫の横はサーモスタットが一定時間ごとに回るために「ごー・ごー」と慣れない音が耳元で響いていたが、
  極度の疲労で、まったく気にならずに眠っていました。


  逆に音さえ我慢すれば、サーモスタットの付近は非常に暖かいので、ダンボールを掛けなくてもぬくぬく暖かく熟睡して眠れたのだ。
  また翌日の朝には、 6時に集合して、若いアルバイト仲間と一緒にマイナス18度のコンテナーの中に入り、
  2tトラックへ200ケース積み込むことから始まる。


  真夏はお手伝いの業者がトラックを持ち込んで、運転手をしてくれるため、毎朝15台のトラックに箱積みを行なうことになる。
  3日で、 1万ケースを飲み込んだコンテナーは空になるのだ。
  1万ケースのコンテナーは午前3時ごろに倉庫の駐車場に到着し、空のコンテナートレーラを引き出し、満載のトレーラーを元の位置に
   停車させのだ。


  その技術に、真夜中に休憩している私たちアルバイトが驚いてしまう。
  何しろ道路の幅が狭く、2台のコンテナーが停車すると一杯で、間を人がすり抜けることが出来ないくらいなのだ。
  運転席部分を入れ替え、満載のトレーラーをバックで、通常の位置に入れ替える時間が5分とかからないのにも驚くが、
  停車位置が、5センチと違わないことに驚異を感じていたのだ。


  バッテリーコードをコンテナーにつなぎ、サーモスタットの音を子守唄にすぐに眠ってしまうのだ。
  後3時間もすると積み込み作業の開始。
  この規則正しいトレーニングで、両腕・背筋・腰・寒さに対するものは万全になった。


  秋影が濃くなってくること、この狂わんばかりの氷ずけの生活から開放されてくる。
  9月も終わりになると売れ行きががたっと落ち、 1日50ケースも出ない日があると、コースの変更に伴って、アルバイトの金額が減ってくる。
  ようはリストラである。


  夏の期間の1カ月の収入は約40万円くらいになっていたが、10月になると、その半分になってきたのだ。
  またほかの何人かもやめると言っていたので、別のアルバイトを探し始めることにしようと思い始めていた。
  アルバイト3人のお別れ会を近くの焼鳥屋でやって、また来年のシーズンにはきっと集まろうと言うことを誓い合った。


  一人一人に夢を聞いていたら、一人の髪の毛の長いおにいちゃんは今回のバイト代で、インドを歩く旅に出ると言う話をしていた。
  他のアルバイトはとにかくお金をためようと言う理由だったので、今では、どんな話をしたのか、よく覚えていないが、
  つらい時期を一緒に過ごした仲間と言う気分になっていた。


  私はスキー学校で、冬の生活があることを話し、
  全日本のナショナルチームに選ばれてレイクプラシッドのオリンピックにスキー代表選手として出場すると言う夢を話した。
  11月にはスキーシーズンの開幕で、遠くは黒部渓谷の万年雪や、ヨーロッパの雪渓を滑走するために移動しなければならない。
  今年の冬は資金の心配をしないで、思い切りスキーが出来るようになったのである。

 

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